団地~エグミのある役者さん達のファンタジー~

大阪弁っていいよねぇ

熊本出身で,大学を卒業するまで,住んだところといえば,熊本,鹿児島,(記憶にないけど)宮崎しか住んだことがありません.
就職してから東京に住んでいるんですが,九州人特に熊本人は,相手が熊本弁でしゃべらないと,敢えて熊本弁は使わない(使えない)ようです.
こちらに来てから,初対面の人と標準語で喋っていますが,相手が熊本出身者だと分かってもなお,お互いに標準語で喋り続ける民族のようです.
でも,方言のカタルシスの能力(治癒力?)は結構快感があります.”つかれた”を標準語で言うのと,熊本弁でいうのでは,自分を癒やす力が段違いです.就職して仕事を始めたせいもあるかも知れませんがストレスが溜まってくると,なぜこのストレスがなくならないんだろう?と不思議に思っていましたが,どうも方言の治癒力を失ったというのも一つの要因だったようです.
ということで,この映画の大阪弁です.
そういう治癒力に溢れています.そんなに大して聖人君子が出て来るわけでもなく,北野武の映画のように悪人が出て来るわけでもないですが,まぁ普通によくいる一般のちょいワルな登場人物ばかりですが,大阪弁の治癒力が全く悪印象を与えません.
むしろ,標準語で喋る(エイリアン役の)斎藤工の方が,なにか悪人というか一癖ありそうだと,警戒しながらストーリーを追うことになりました.

コメディなファンタジー


ストーリーがこの映画に似ているんですね.やっと思い出しました.
まぁ,ロボットみたいなのは出てこない(斎藤工がロボットっぽいですが)し,当然役者は普通に英語を喋って,関西弁ではないので,違いはあるけど,ストーリーというか設定はかなり酷似.
まぁ,とはいえ,岸部一徳が団地の床下倉庫に隠れたり,エイリアンのために漢方薬を作ったりはしないので,単に似ているって言い出すと,きりがないですが.
最初は,なんかまったりした大阪の生活感のあるコメディ映画かなぁと思って観ていると実はファンタジーだったというのは,なんか意外性があって,ちょっとニンマリしてしまいます.

帰ってきたヒトラー


久々のドイツ映画

2015年のドイツ映画.ドイツ映画ってあまり観たことがない.


位かな?とも思ったけど,

これはどうもドイツとアメリカの合作映画だった模様.ピーター・フォークも出てくる位だからかなぁ.
ということでドイツの映画でした.全編ドイツ語のセリフがちょっと新鮮でした.

気合の入った映画

以前なにかのドキュメンタリーかなにかで,ドイツの学校では先生の質問に対して生徒が手を上げることがないのという話が出ていました.
ナチス・ドイツの敬礼を想起させるためだからとのこと.
ドイツにとってヒトラーとはなにかそういうタブーのような位置づけなのかも知れません.
今でこそフランスと蜜月な関係になっていて,EUの盟主のような立ち位置を確保していますが,ナチズムを放棄していることを諸外国にどうやって納得させるかは,前の大戦が終わってからのドイツにとって最大の命題(試練)だったのかも知れません.
夏になると,飽きもせず靖国神社に参拝して隣国から顰蹙をかう某国とは大きく違います.

この映画は,そういう国が作ったと思うと,結構感慨深いものがあります.
登場する一般市民と思われる人達が,目の部分を黒塗りにされていたりする人と,そのまま顔を移されているひとと別れていたりします.ドイツの人にとっても戦後が70年以上になり,移民問題・格差・テロ等と見た目の変わった(本質はあまり変わっていないような気がする)社会問題に直面すると,ヒトラーというタブーの扱いも変わってきているような印象を持ちます.
ヒトラー役の人にやり込められる政治家がでてきたり,2015年でまだルペンもそんなに存在感があった時代でもないのに,ルペン自身の映像が使われていたりして,監督の思い(危機感?)が作品に込められているような気がします.

フランスは幸運なことにルペンじゃない人を選びましたが,アメリカの(世界の?)不幸はまだまだ続きます.
2015年の映画だし,原作はもっと前に出来ていたのかと思うと,作者の慧眼には少し驚かされます.
また,これだけドイツ中の都市を回って,色んな”ナマの””今の”ドイツ人を,ヒトラーを通じて描いた監督にも感心します.

Lee Konitz~語るのに躊躇があるSax奏者~


なぜいまさらLee Konitzのことを書こうと思ったか

夏休みで1W連続で休みのはずだったが,なぜか飛び石で会社に呼ばれてしまい,結局夏休み(年休以外に消化しないといけないおやすみ)が消化できないでいます.とはいえ昼頃には仕事が終わるケースが多いので,午後は吉祥寺DUとかSometimesに出撃する訳ですが,



を見つけて(どうも新譜ではなく再発ものの様です),AppleMusicで聴いていましたが,どちらも出来が良くなんか書きたいなぁと無謀にも思ってしまいました.
1927年生まれですから,もう90歳を超えているんでしょうね.まだ現役なのでしょうか?Wikiによるとご存命ではあるようです.
それにしても,長い人生でもの凄い演奏を残していますし,正直なにを考えて演奏しているのか良く分からない演奏も多いです.
でもクオリティはむちゃ高い.
Charlie Parkerはフォロワーが沢山居ますが,Lee Konitzのフォロワーって聴いたことがない.
One and Onlyな存在だけに,なにか上手く文章で表現できるのか?敷居の高いミュージシャンなのかも知れません.

Cool JazzってCoolじゃない


こちらの本にも書かれていますが,Lee Konitz自身は自分がCool Jazzの代表にみたいに言われることをあまり快くは思っていないようです.Lennie Tristanoもそういうカテゴリーになっているのには違和感があります.

この作品のタイトルが良くなったんでしょうね.このCD自体は確かに巷で言われているようにバップ,ハードバップとの対比でいうと”Cool”な音楽かなぁという気もしますが,Lee Knonitz自体は”Cool”というよりは”Experimental”(変態)なインプロバイザーという印象があります.
Ornette Colemanが現れた時に,誰か(マイルズだっけ)が,Colemanの音楽はLee KonitzとLenny Tristanoがずっと以前から演っていたということ言っていたらしいですが,どの作品だか忘れてしまいましたが,この二人のCD(最近やたら再発されています)でCollective Improvisationを演っているのありますので,一度聴いてみて下さい.

好きな作品たち



自分の作品に”Cool”って付けちゃうんですからねぇ.レコード会社の戦略でしょうか?この辺りの初期の作品は変態を隠しているのかも知れません.

この辺りから変態を隠さなくなったようです.記憶ではなにか電子Saxみたいな物を吹いていた記憶があります.

amazonでは在庫がないみたいですが,かなり変態なメンバです.Paul BleyとLee Konitzの共演作なので,まぁ覚悟して聴いてみて下さい.面白いです.


この2枚は白眉・名作です.同じPianistでもBleyとMehldauでこんなにも違うものか・・Lee Konitz自身が意識しているかどうかは別にして,共演しているPianistの演奏のクオリティが高いのは何故なんだろう?と不思議に思えます.この2枚は買いましょう・すり減るまで(CDだと減りませんが)聴きましょう.

オーバー・フェンス~蒼井優・オダギリジョーのささいな狂気~


このキャストだと外れない

2016年の日本映画.山下敦弘という人の監督作品だそうだが,映画.comで調べた範囲だと,この作品が初めて観る作品になるようです.
オダギリジョーが主演かな?,蒼井優がこういう役をやると無敵ですね.
オダギリジョーも蒼井優も,現世感がないというか,なにかこの世で生きている人という感じがしない.
前にも書いたかも知れないけど,蒼井優は狂気の入った女性,偏った観方だとは思うけど女性って本性として狂気を持っているような気がしますが,そういう男性からは計り知れない”狂気”的なものを,この世の境界で演じることのできる稀有な女優さんな気がします.
オダギリジョーもそういう境界にいる人ですね.この世と,この世と違う世界との境界にいる感じがします.

ストーリーが印象的

たぶん,ストーリーが良いのだと思いました.原作は,


の本の短編になります.まだ読んでいる最中なので,映画のストーリーとの違いは分からないですが,映画の方は,東京で真面目に働き子供も生まれたサラリーマン(オダギリジョー)が,奥さんの育児ノイローゼをきっかけ故郷に戻り,失業手当てをもらうために職業訓練校にはいるという設定.
そこで,鳥の求愛行動を真似るのが巧い,少し変わった女性(蒼井優)と出会い.恋愛するようになる.
職業訓練校では,人生経験も様々な人達が集うなか,なにかギクシャクした人間関係が進行していきます.
オダギリジョーが若い生徒との飲み会で,”お前らはこれからどんどんつまらない時間を過ごすことになる”と凄むシーンがとても印象的でした.
ある年齢を超えると,学生時代よりも効率的に学習したり知識を得たりすることの出来るノウハウや,時間を無駄にできないという切迫感から,さらに効率的な時間を過ごすことができるようになりますが,一方で学生時代のような”ワクワク感”とは疎遠になってしまいます.
そういう感覚をとても上手く表現していたなぁと思います.
ラストでオダギリジョーがオーバー・フェンスするのは,単なる爽快感というよりは,なにか中年の閉塞感との対比なのかなぁと思ったりもします.

TOO YOUNG TO DIE ~宮藤官九郎の落語的ななにか~


宮藤官九郎ワールド

2016年の日本映画.新宿のTOHOシネマで予約していたはずだったが,公開当時に観光バスの事故があって,公開が延期になって,観ることが出来なかった記憶がある.
というわけで,WoWoWで録画して改めて観る.宮藤官九郎ワールド全開です.好きな人にはオススメですし,嫌いな人はダメでしょうね.
私は割りと好きです.

宮藤官九郎は落語好き?


この印象があるせいでしょうか?観ていてなぜか,落語的なストーリーだなぁと思ってしまいます.
大学生の頃に何故か親父が落語のカセットテープを大量に購入しました.こういう行動は結局オレに遺伝していることがよく分かる.LP棚・CD棚・雑誌棚を眺める度にそう思う.
人間の「生き死」や「輪廻転生」とか仏教的な内容は落語のテーマにも多い.が,なんか”節回し”(映画・演劇の場合”ストーリー展開”かも?)が落語的な感じがする.
あまりフィットしている落語ネタを調べてみても出てこないが,「品川心中」・「らくだ」とかの印象が強いせいかも知れない.

ロック・オペラ?

ストーリーは割りと落語的(勝手な思い込みかも?)ではあるものの,音楽は割と良い.

この人が出て来るだけで,もうちょっと現世感から離脱できます.存在感が凄いです(かなりチョイ役ですが).あとはCharとか野村義男とか,宮藤官九郎ってギターフリーク?っていう感じの脇役の揃え方です.
タイトル曲も,なんか中高生が文化祭用に作曲した?って思わせるようなチープ感があり,中途半端にキャッチーで映画に合っているなぁと思う次第でした.

ログのチェック


sshdのエラーログ

Cockpitのlog監視画面で見ているとsshdから,

error: Received disconnect from 192.168.253.11 port 63377:2: disconnected by server request

というエラーログがでていた.
こちらによるとTeraTermのバグらしいので,久々にアップデートしてみるとこのエラーはなくなる.

Auditの嫌がらせログ対策

logwatchのメールでAuditのログが大量に送られてきます.昔対処したはずだが,今回のFedora26へのアップデートでデフォルトに戻ってしまったようです.

を見ると,/etc/logwatch/conf/override.confというファイルを変更すれば良いことは分かるが,困ったことにサービス名ってなに?

へ~なるほど,/usr/share/logwatch/default.conf/services/の下に置いてあるファイル名(拡張子を除く)がサービス名ってことになっているのねぇ.ということで

$ cat /etc/logwatch/conf/override.conf
# Configuration overrides for specific logfiles/services may be placed here.
Service = "-audit"

ということにしましたが,上手くいかないようです.

$ cat /etc/logwatch/conf/logwatch.conf
# Local configuration options go here (defaults are in /usr/share/logwatch/default.conf/logwatch.conf)
Service = "-audit"

どうもこれで上手く行く模様.

amavisのWarningログ対策

(01410-15) (!)ClamAV-clamd av-scanner FAILED: run_av error: Too many retries to talk to /var/run/clamd.scan/clamd.sock (All attempts (1) failed connecting to /var/run/clamd.scan/clamd.sock) at (eval 98) line 659.\n

というのが出ています.

$ grep User /etc/clamd.d/scan.conf
#User clamscan
User root
$ grep Owner /etc/freshclam.conf
#DatabaseOwner clamupdate
DatabaseOwner root

ということににして,clamd@scanをsystemctl restartしましたが,まだ回復していません.
受信したメールのヘッダに

X-Virus-Scanned: amavisd-new at suzune.homedns.org

こういう表示があるので,一応動作はしているんだろう.ということで,ちと今回はこれでGiveUpにする.

namedのWarningログ対策

the DLV server at 'dlv.isc.org' is expected to cease operation by the end of January 2017

新聞にも出ていましたが,DNSSECの設定の変更の話でしょうか?ISCのアナウンスはこちら

//      dnssec-lookaside auto;

        /* Path to ISC DLV key */
//      bindkeys-file "/etc/named.iscdlv.key";

少し早いかも知れないけど,ひとまずこれで処置をしておく.

invalid command from 127.0.0.1#38053: failure

rndcがちゃんと使えてないので,処置する.key(秘密鍵だよね?)の設定を公開するのもあれなので, こちらの手順で対処しています./etc/rndc.keyと/etc/rndc.confの両方があると,rndcコマンドのたびにWarningがでるので,/etc/rndc.keyの方を/tmpにmvして,そのうち消えるのを待つことにしています.

error writing NTA file for view 'internal': permission denied

これもイミフ.でももう出なくなったようだ.rndcの設定をちゃんとしたせいかも知れません.DNSSECの設定を変更したせいかも知れません.(NTAだから後者かな?)

logwatchのエラーログ

logwatchのメールを見ると,

Redundant argument in sprintf at /usr/share/logwatch/scripts/services/amavis line 1338, <> line 37.

とのこと. ここにアップされているpatchを当ててみる・・バージョンを確認してなかったが大丈夫かな?って思いましたが,今のところ大丈夫そうです.logwatchがパッケージでアップデートされた時にFixされることを期待.

さよなら歌舞伎町

概要

2014年の日本映画,​染谷将太,前田敦子が出演.
前田敦子の演技は印象が薄いが,​染谷将太は存在感がある.これまでに観た映画が前田敦子の場合,

だったし, というせいかも知れません.

エッチなシーンが多い映画

歌舞伎町っていうと,危ない街(日本なので大したことないですが)という印象がありますが,今の歌舞伎町は一頃よりかなり綺麗にかつ安全になってような気がします.
そもそも,そんなに変な店に行かないですから・・・雰囲気の問題かも?
でも,今でも適度にいかがわしさが残っていて,実は嫌いな街ではなかったりします.最寄りが西武新宿駅というのもあるかも知れません.
ってな感じなので,確かに今でも性風俗の店がありますが,別に特段多いという感じもしません.
この映画だと,そういう性風俗のサービスを結構リアルに映像化しています.
中高生にはオカズによいのかも知れませんが,中高年が家族と一緒に観るのは,少し胆力が必要かも知れません.
数シーン早送りしました.

内容と感想

ちょっとした群像劇.こういう構造の映画は好きです.
基本単位は男女のカップルの組み合わせ,一見普通のよくあるカップル(前田敦子,染谷将太),時効を待っているカップル,韓国から来日しているカップル,警察官同士で不倫しているカップル,が登場します.
これらのカップルが,染谷将太の勤務する歌舞伎町の安ホテルを舞台に,微妙な絡み方をしつつ,物語を構成していきます.
ロバート・アルトマンの映画に,セックスシーンを分団にふりかけた映画とも言えるかも知れません.

いま世界中の哲学者が考えていること


哲学書遍歴

どっかの本屋で見かけて,図書館で予約してやっと届いたので,読みました.


内容と感想は,後ほど.
ニュー・アカデミズムが流行った時期に大学生だったので,





てな感じの本を読んできました.大学生当時は(今より)細かい性格だったので,実は全部読了できなくて,割りと最近図書館で通読しました.昔に比べると少々分からないところがあっても,”まぁそのうち分かるかもねぇ”みたいな感じにしておくと,読書量も増えて,却って良いような気がします.
もう,10年早く気がつけば良かった.

とはいえ,この本は強烈でした.読みながら”さっぱり分からない”/”何が書いてあるんだろう?”/”こんなに分からないって俺は馬鹿?”/”ここまで分からないとSMの世界だなぁ”とか意味不明なことばかり考えて,読んでいました.
ということで,内容は全く説明できません.

以下は本題の”いま世界中の哲学者が考えていること”についてです.

技術(IT.バイオ)

技術の進化は人間を不幸にするか?っていう議論です.最近AIは再流行しているので,またこういう議論が出て来るが,あんまり心配しなくて良いんじゃない?って気がします.
火・文字・印刷・蒸気機関・ガソリンエンジン・原子力・コンピュータ・インターネット,これまでも色んな技術が発明されていますが,完全に人間の職業を奪うことはなかったというのが,一つと.職業が無くなると困るんだっけ?という命題を考える仕事が残るはずです.その仕事が終わったときには仕事をしていないと生きていけないという価値観自体がなくなっているのでは?と思ったりします.
バイオ技術の進展で,人間が死ななくなるかも?というのも,まぁそうなるかもしれませんが,私は皆さんが長生きするとしても,150歳位で自殺するような気がする.今の3倍生きていると,流石に”生きる”ことに飽きるような気がする.
不老不死が達成されることはそれはそれで結構なことで,永遠に”生きる”ことに飽きることがない方は,無限の時間を満喫して良い人生を送って頂ければよろしいかと.僕はきっと無理です.

資本主義

何が公正で豊かになる経済制度なのか?これもまぁ,ありがちな議論ですね.
80年~90年代に共産主義が崩壊(北朝鮮が残っているのかなぁ?)して,資本主義が勝利したぜ的に思っていましたが,冷戦時代の映画とかを見ていると,別に共産主義だけがダークなヒールだった訳でもなく,資本主義というか自由主義社会と言われているような社会でも結構ダークな世界があったようです.
ただ,AIとか技術革新が進んで人間が仕事をしなくても良い世界になると,労働の対価にお金をもらうという資本主義の根幹は結構ダメージを受けるような気がしていて,だからといって共産主義でもなさ気なきがするので,その時代にフィットした経済制度が必要になるのかも知れません.でも,きっと経済制度は”発明”すると共産主義のような人工物になっちゃって,人間生き方とは上手くフィットできなくて,だれかが考えた(発明した)制度に変わるんではなく,自然にみなさんが生きていくのに適した制度に収斂していくんだろうなぁ.と無根拠に予測したりします.

宗教

宗教はなくなるか?
必要なければなくなれば良いですが,あるなら,もっと他の宗教に寛容な宗教だけに淘汰されて欲しいです.
僕の理想形はひとり一宗教で,他人の宗教には関与しない世界が素敵です.

環境

地球は滅びるか?人類は滅びるか?
天文学的な時間スケールで考えると,どちらもYesになるので,あまり議論の余地がないですが,地球温暖化というトレンドが本当なのか?とかは確かに疑うというか客観視する必要があるんでしょうね.
クジラが絶滅するというのが,西洋の方々のヒューマニズムのバイアスがかかった思い込みだと,日本人の多くの人は思っているような気がしますが,正直事実は分からないです.この広い海に何匹クジラが居るのか数えるのは無理だし,その頭数が適切なのかどうやって判断するのか,さっぱり分かりません.
最近夏が暑いなぁ,とか,ゲリラ豪雨って本当に最近の出来事だっけ?とか,これも実感では暑いなぁとか雨が降ると酷いなぁとか感想ベースでは思いますが,これが地球環境の崩壊の序章なのか,それとも単なる誤差の範囲なのか,現時点で50年ちょっとしか生きてないし,150年以上生きるつもりもないので,数万年オーダーのトレンドを指し示しているのかどうかは分かりません.
PM2.5もテレビで騒ぐほど困りません.鹿児島に住んでいたこともありますが,桜島の火山灰の方が3桁位上回って不便だし,健康に悪そうです.

哲学って

読んでいて,あぁ哲学って境界領域の学問なのかなぁ?と思いました.(悪くいうとお荷物を背負い込むとか,ゴミ箱(笑))
色々考え込んでしまったり,仕事をしていたり,学問をしていると,”これってなんでなんだっけ?”とか”これって本当?”とか突き詰めてしまうようことがあります(少なくとも私は).
そういうことに白黒つけようとするのが哲学なのかなぁと思いました.
でも,この本を読みながら,”?”(疑問符)を付けて物を考えるという姿勢は正しいような気がしますが,結局答えがあるんだっけ?というとどうもなさ気な気がします.逆にあるとすると,少し気持ち悪い.
例えば”宗教はとはホゲホゲである”とか”技術の限界はかくあるべし”とか答えがあっても,きっと誰も納得しないような気がしますし,結局人間の営為にしか過ぎないので,時間軸で変動するような気がします.
ということで,哲学っていう学問は,きっと何かの答え求める学問ではなくて,考える行動そのもののことを指すのだろうなぁと思った次第です[1]

私の哲学というか信条

あまり一貫性のある人格・性格ではないので,”哲学”とか”信条”とか書くと,やってることと違うじゃんみたいなことは多々あるような気がしますが,まぁ思っていることとしては,

  • A)多様性は善
  • B)二項対立(善悪・真偽)な思考は悪

A)は,利害関係者だと,あまりこんな悠長なことは言っていられないことが多いですが,基本的には,この考え方を基本にしたいなぁと思っています.
一卵性双生児でも人間は違う行動をしたり,考え方を持ったりします.
LGBTな人や,宗教観・仕事観・人生観の範囲では,”多様であることを是とするだけでなく,善だ”と考えるようにしています.
とはいえ,こんな風に言っちゃうと,ヒトラーとかスターリンとか,所謂シリアルキラーな人を認めるのか?みたいな話にはなるんですが,こういう類の人間の行動の結果に対して”善”だと考えているわけではなくて,彼らも彼らなりの人格や考え方はあるのだろうし,それを理解しようとする姿勢を持っても良いとは思います.(共感して同じ行動にならないように気をつけつつ・・)
差別主義な人は,この考え方とは真逆な方向性なので,善なる多様性の範疇外になります.ってな感じなので,”多様性は善”という言い方自体がパラドキシカルな要素を含んでいますが,無矛盾な論理系をつくることにこだわるより,まるっとした考え方として,こう考えているということにしておいて下さい.
B)は,まぁ,そうですね.数学とか自然科学の世界では,命題が真か偽かが問題・課題になることが多いし,実際の生活のなかでもそういう局面は結構多いです.
専門家ではないですが,多値論理的な考え方に共感しています.学生時代にソフトウェアを作ったりした時に,ブール代数的な世界観とは違うものふれた気になった(勘違い?)せいかもしれません.
なにか命題が与えられると,それが正しいか間違っているか決めたくなる気持ちもわかりますが,あんまりその考え方が通用することって少なくて,真でも偽でもない”複数の何か”とか,0.9位真に近いとか,0.1位真とか,そういう状態の方が多いような気がしていて,あまり物事を決めつけないようにするという,哲学というよりは処世術なのかも知れません.

グダグタ書いちゃいました.

tunedのインストール

Fedora26をインストールした時に,cokpitという監視画面があることに気がついた.
その画面の中に,”Performance Profile”という項目があり,”tuned”がインストールされてないよ.っていう表示になっていました.
軽く調べてみると,

という感じなので,中々イケてそうなデーモンのようなので,早速インストールして見ます.
プロファイルは,一応サーバに使っていることになっているので,”throughput-performance”にしました.
(私には)よくあることなんですが,性能をあげようとして設定を変更した後で,どの位向上しているのか?調べる方法を考えていないということがあります.
今回も,そうでした.さてどうやって効果を測定しましょうか?


デフォルトで提供されるプロファイルのカスタマイズの仕方は上の記事に割りと詳しく書いてあるようです.redhatのサイトとかだと微妙にパス名が違ったりしましたので,少し躊躇しましたが,このサイトは割りとあっているようです.
多分効果を測定するんだとすると,このサイトの手順に従って,パラメータをいじって見て,その効果の程を測定することになるかと思います.
が,現状そんなに性能で困る程重たいサーバでもないので,ひとまずデフォルトのままにしておいて,別途考えることにします.
止める程でもないので,様子見を決め込みます.